> オレ結構おじいちゃん子だと思うんだわ。

 でも、実はおじいちゃん(正確に言うと父方の祖父)についての記憶って実は全然ない。物心ついたといからおじいちゃんは“オハカマイリ”すべきひとという存在で、僕は基本的に幼少より暇人だったのでよくお墓参りに行っていたぐらいだ。

 福岡に帰ると、墓参りに行くことはスケジュールに組み込んでて、いつも西新駅でおりるとカップのお酒を買って、お寺では芝を買って墓参りすることにしてる。就職活動中もそうで、D九州の最終面接を受けた後もちなみにだけど行った。「僕はダメっぽいです今日の感じでいうと」と報告もした。

 おじいちゃんの話題というのは掘れば掘るほど面白く、ここでカミングアウトするものあれですが僕は“おじいちゃんがバツイチ後に駆け落ちしてできた末の孫”だったりするらしいのだけど、まだ他にもあって、福岡に屋敷をたくさん持っていたのだけれども全部売り払って、お金のほうは何に使ったかというと実はコネのある人達と散財してしまったとか(正確に書くと、たぶん戦時中生き抜くために売り払うのが適切だったのだと思う)、いろいろあるのだけど、ともかく話題が尽きない。
 またおじいちゃんは小指が極端に短かったらしく、近所のひとが困ったときに登場して、さもありなんみたいな雰囲気で難局を救ったとかそういう話もある。実は小さい頃にお寺で遊んでて、戸に挟まれてそれ以来小指が伸びなかったらしいのだけど、周りに馬鹿にされるのが嫌だったみたいで死ぬほど書道を練習して、結局成人してからは近所の商店の看板を書くほどだったらしい。蓋し美談と言える。

 一度おじいちゃんの話になったついで、一族の四方山話を訊いたことがあるのだけど、これがまた、死んだ人を悪く書くのもアレですがむちゃくちゃで、戦時中アルコールが極端に少なくお酒飲みたすぎてメチルアルコールを飲んで田んぼで亡くなってしまったひともいるらしいとか、実は僕の姓は京都の侍の出自なんだとか、開墾したのか定かでないけど村があるらしいとか、実は家系図があったのだけれども古すぎて読めないからおばあちゃん的にはいらないっしょ、みたいな感じで捨ててしまったとか、全く想像だにできないがそんな感じの一族だったんだろうなあとか思う。余談ですが僕のおじいちゃんのお墓が貝原益軒の像に近いのもそれなりの所以があるらしいのだけれどもそれは書くと長そうなので置いておきます。

 いろいろ思うところはあるのだけど、親父は置いておいて、何となく「やっぱりおじいちゃんの気概には勝てないわあ」というのがあって、それが僕個人の信仰心みたいなものを形成してるんじゃないだろうか、と最近よく思う。

 会った記憶も今となっては無い。本当に皆無なんだけれど、仕事をして「おお、孫がオモロいことやりおったな」と言って欲しいなあと思う気持ちがどっかであるんじゃないか。そんな気がする。

 僕はいままで全く気がつかなかったけど、実はそういう根底にある信仰心みたいなものが原動力で、おじいちゃんに褒めて欲しいだけなのかもしれません。ほら、じいちゃん!オレこんなオモロいこと思いついたよ!みたいな。ほとんど中学生というか小学生レベルなんだけど、世界がいつも新鮮に見えるなら、僕はいつまでも小学生でいたいなあと思うのだ。

 今の僕を見たら「お前まず社会人としてなってない」とかいろいろ言われるんだろうなあ。

 話は変わって、去年高校の同級生の女の子が結婚するってんで帰郷したのだけど、引き出物がすごく凝ってて、参加したひと全員の名前の意味を額縁に飾ってプレゼントしてくれるってやつだったのですが、僕の名前は「大きな広い海のような寛大な心で多くのひとやモノを解決したり助けていく(一部曲解)」みたいな意味が書かれており、実はそれ、両親と祖父母が決めたものそのままらしくって、なんか妙に納得してしまった。

 何か、仕事ってさ、自己実現とかリクルートのひとは言うけれど、そんなの全然関係なくって、僕は僕でおじいちゃんに「オモロいぞ!やれやれ!」と言って欲しいだけで働いてるような気もだいぶしてて、何と言うかうまく書けないのだけど、要するにそれが本音だ。たぶん。それをガキっぽいと言うならそれはそれで構わなくて、だったら僕は一生ガキでいたいし、理解してくれる伴侶と一緒にいたいわけで。

 何か特にどうでもいいことなのだけど、朝まで遊んだクラブ帰りの自転車に乗って走りながら、そんなこと思った。