週末にあえて新幹線を使わずに遠出することにしたのは、行くまでにそのひとのことをもっとよく考えたかったからで。そのひとが僕とどういう関係で、僕がどういう動機で2時間以上も電車に揺られて病院まで行くのか、ぼんやり考え事をしていたら、本人に「死ぬわけじゃないんだから」と笑われた。ついでに、あなたのほうがここで寝るのにふさわしい、とも。行きしなに途中で寝てしまって、アタマが半分しか回っていないひとの顔がよっぽど面白かったらしい。

 入院すると暇だろうと思って、向かう前に駅の近くにあるタワーレコードに寄ったりして、ぶらぶらしながらFacebookを見たら、会社の同年代の結婚式の写真がずっと流れてきてて、しまった2次会行けないってメールしたかな、忘れてたかもしれないと思ってお土産忘れた後悔に更に追い打ち。結婚というのはとてもめでたいことで、この地球はそういうめでたいことで溢れているよなあとFacebookを見ていてよく思うのだけれど、寝返りを打つと鼻水がもう片方の鼻を詰まらせるように、こうしてFacebookに流れない人生のワンシーンというのもあるんだよな、みたいなことを思う。よく、そんなふうに魚の小骨をつまむようなこと考えたりもする。

 クラムボンのサマーヌードを聴きながら目的地へ向かうと、とてもやさしい気持ちになれるのでよい。

 

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 とてもナイスな気分だ、自分だけナイスなのが割と申し訳ないなあとか思う。

 個室じゃなかったけど、病室には誰もいなくてしんとしている。時折あらわれる看護婦さんが「彼氏さんですか?」とかやたら言うので、用事を済ませて出て行った後に「結婚相手がいないから結婚しよう」と言ってみたのだけど、何事もなかったようにフラれてしまったので、その場で大江千里の「格好悪いふられ方」をFacebookに投稿している僕を見てちゃんと笑ってくれたので少し安心した。「モテキはいいよね、音楽が」と僕が何で大江千里をチョイスしたのか見破られて少し恥ずかしかった。それに対する「いいね!」がついて更に恥ずかしい。

 企みを見破られる、というのは恥ずかしい反面、見破ってほしいところも、普段の生活ではあるんじゃないかな。例えばさ、あたし、友達でいるんだけれども、酔っぱらった拍子に女の子に告白した男子がいてね、「それって、ぶっちゃけシラフだったんでしょ?」って問いつめたらそうだったの。男子ってバカみたいだよね。オレもそう思うよ、男のほうが女々しいんだよ基本的に。とかそんな、どうでもよさそうな話をしながら、僕のそういう話はダウナー系だから、いまの気分にしっくりくるらしい。クラムボンのサマーヌードは、本当はアッパー系なんだけれども。

 

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 帰りながら、ああ今日は平日並みにたくさん喋ったけど、「とはいえ」とか「いったん」とかそういう言葉をひとつも発しなかったなと思った。帰りしなにまた、市内を散策したろ、と思い立って、ひと気のない電車にゆられながらMacBookをひろげていたら、不意にイヤホンジャックが抜けて、ももいろクローバーの「走れ!」が鳴り響いて女子高生に見られたのがまた恥ずかしかった。

 帰りの電車で窓から見える瀬戸内海を見て、でっかいなあと思いながら、帰ったら映画のレビュー書く気になった。そんな平凡な週末を、日々過ごしております。

 あ、ケロおめでとう!