日本の漫画家が原作のフランス映画ってことでニュースになってたのを知って谷口ジローの「遥かな町へ」をレンタルしてみた。

谷口ジローといえば今や「孤独のグルメ」の原作者として有名な漫画家。ただ海外でも人気となっていることを知っているひとは少ない。ということで今回は、漫画家谷口ジローについてちょっと紹介しつつ、フランスで映画化された「遥かな町へ(Quartier Lointain)」という作品について、あらすじや解説をしてみることにします。

映画のあらすじが知りたい方は目次から選ぶと段落に飛べます。

漫画家 谷口ジローについて

孤独のグルメの原作者として有名

谷口ジローという漫画家を知らなくても、「孤独のグルメ」というドラマを知っているひとは多い。

その原作を描いているのが谷口ジローだ。

もともとは青年誌向けの漫画が多い谷口ジローは、初期のハードボイルドな作品から、SFまで様々な作品がある。ストーリーが谷口ジローの得意な領域だ。そんな彼の新境地だったのが1991年「犬を飼う」だった。

「犬を飼う」に見る巧みな描写

「犬を飼う」は、子どものいない夫婦と一緒に14年間暮らしていた愛犬の老衰と死を看取るまでの短編。

「私」と妻は、14年間タムという愛犬と暮らしてきた。老衰で寝たきりになったタムを、私と妻は最後まで見取ろうと決心する。小便を垂れ流し、点滴の栄養剤が皮下に漏れ出すようになっても、タムはがんばって生き続けた。

たかが犬一匹、しかし、なくしたものがこれほど大きなものだとは思わなかった。そしてタムの死が私たちに残してくれたもの……それはさらに大きく大切なものだった

この短編がとてつもなく素晴らしいのだ。「犬を飼う」は犬の死を看取るというただそれだけの漫画で、一般的にいう起承転結にあたるストーリーの起伏というものはほとんど無い。その代わりに、その看取る過程を過度に美化するようなことも無い。

主人公夫婦は14年間一緒に暮らしてきた犬を大切にも思っているし、歩けなくなって寝たきりになることで、世話が増えたり、不安になって騒いでしまう愛犬に対して億劫に感じる瞬間まで、とてもリアルに描かれていく。このとても淡白でいて解像度の高い日常描写がとても素晴らしい。これはもはや小説といってもいいぐらいの豊かさだ。

以降、繊細な心理描写の作品の代表作として「歩くひと」や「遥かな町へ」といった作品が海外に翻訳され、世界で著名な日本人漫画家として知られるようになる。

 

映画:遥かな町へ / Quartier Lointain

映画のあらすじ

「遥かな町へ」は私小説的な体裁をとっていて、漫画家である主人公トマ・ヴェルニアが電車を乗り間違えて14歳の自分にタイムスリップするところから始まる。

主人公は既に漫画家としてパリで成功してはいるものの、中年を迎え過去の名作を糧につつましく生活していた。ある日地方の展示へ趣き、帰りの電車を間違えてしまう。

Quartier Lointain01

車掌に間違いを指摘され、田舎町で電車をおりるとそこは偶然にもトマの故郷だった。母親の墓に立ち寄ると、目眩とともに気付くと1960年代、14歳の頃にタイムスリップしてしまう。若かりし日々のイケメン(14歳)に戻る主人公。

Quartier Lointain02

戸惑いながらも、14歳をやり直そうとするトマ。主人公が成功した漫画の主人公が、実は初恋の相手がモチーフであったことにも気付く。この彼女役がまた綺麗。

主人公が本当にやり直したいと思っている14歳の出来事。それは実は父親との関係。無口な父親。実は主人公が14歳の頃、父自身の誕生日の夜に家を出て行ったきり戻ってこなかったのだ。

主人公は何故父親が出て行ったのか真相を確かめ、そして家を出るはずの父親を止めるため、その本当の姿を調べ始めるというストーリー。トレイラーはこちら。

父親を引き留めるということが意味するもの

物語としては、「父親を止めることができるのか」というのが軸ではあるんだけれども、「いま父親となった自分」が改めて14歳を再体験することで、本質的に考えているのは自分自身のことであるという構図になってる。

それは14歳のあの日に出て行った父親と、それを何としても止めたいと願う48歳の少年という対比であり、「母や自分(主人公)、そして妹は父のことを愛していたといえるんだろうか、伝わっていたんだろうか」という疑問と「自分自身(主人公)は妻や娘に愛されているんだろうか」という同一線上にある疑問となってストーリーを展開させていく。

映画化することの意義が理解できる作品

友人達との思い出や、当時は届かなかった恋心っていう少年期の自分に、漫画家としてのルーツを発見する過程。そして、再体験した14歳っていうこの時間に、無理かもしれないと知りつつも試みる父親との対話。それが大人という存在に至る過程で、14歳のある数日間のさなか、静かでかつ劇的に展開していく。この展開がとても見事だ。

漫画というのは画と吹き出し、さらには心情まで書き込めるから、読者はすんなりと感情移入することができる。谷口ジローの作品はそれを過度に書き込むことなく、静謐でいて解像度高く描いていくのが強みだった。映画としてのこの作品は、それを受けて、穏やかな感情の動きを説明しすぎることなく、ちょっとした目線の動きや演出で丁寧に描いていて、原作に対するリスペクトを感じるし、映画だからできる表現としてとても豊かなものを感じる。

原作はこちら。コミックスは1999年の文化庁メディア芸術祭マンガ部門で優秀賞を受賞しています。

大抵親子の確執をタイムスリップもので描くと、しみったれた感じになりがちですが、この作品はそういう心象風景を説明しすぎたりすることが無いから、作品として観るひとに対して心を開かれているような感覚になった。本当に素晴らしかった。

 

フランスで評価される谷口ジロー

2014年にはルイヴィトンでトラベルブックを描いている。

フランスやベルギーでは、漫画は「バンド・デシネ」として呼ばれて親しまれていて、もともと谷口ジローもその強い影響を受けている。Jean Henri Gaston Giraud(別名:Mœbius)といった漫画家に感化されたとも、いろんなインタビューで語っている。下の動画はフランスで制作されたドキュメンタリー。

 

この解像度の高さは小津映画か、はたまた小説か

小津安二郎の映画にも喩えられる谷口ジロー作品。これらを通して感じることができる、この独特の感情は、なんと表現すれば良いのかわからなくてずっとモヤモヤしていたんだけど、ああこれは保坂和志の小説だわ、と最近気付いた。

保坂和志の小説はこれといって起承転結があるわけでもなく、何か事件が起きるわけでも無いんだけれども、その瞬間瞬間ごとに確実に「何か」が起きているという不思議な感覚に襲われて、終わることなくずっと読んでいたい気分にさせる小説だ。

こういう部類の小説はこれといって特別なカタルシスがあるわけでは無いので、ものすごく売れるというのは難しいけど、こういう解像度の高さこそ小説であり漫画であり、映画であることの意味なんだろうなあ。その他だと映画「きょうのできごと」の原作を書いた柴崎友香とかも、同じくオススメですね。

 

2017年2月11日に谷口ジローさんはお亡くなりになられました

冥福をお祈りします。

 

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