「幽霊を信じる」と答えるひとと、だいたい同じぐらいの割合で「生まれ変わりを信じる」というひとがいる気がする。

 

「自分の前世」っていう発想

自分はジャンヌ・ダルクの生まれ変わりだーとか。はたまたシカゴを牛耳ったギャング、アル・カポネだーとか(ちなみに、僕の診断結果がそれでした)。そういった生まれ変わり、輪廻転生っていうアイデアの根本にあるのは、人間の肉体のなかには「魂」みたいなものがあってそれは移し替えることができるんだろう、という発想があるんじゃないかなあと思う。

 

 

それはある種のロマンだ。

サラリーマンとしての僕は、前世では名もなき牛追いだったかもしれないし、もしかしたら前世ではスーパーヒーローだったのかもしれない。ひょっとすると、本当に歴史に名前を刻んだ極悪非道のギャングかもしれない。でも本当のところは誰にも分からない。

 

信じる信じないは別として、「生まれ変わり」という発想自体がいいなあと思うのは、この世界の大きな歴史のマッピングのどこかで、「自分が存在したかもしれない可能性」に思いを巡らせられるってことだ。

「あなたの前世はアフリカの**です」

「あなたの前世はアラビア商人です」

そう言われると、前世での生活がどんなだったか想像するだろうし、いまの自分の境遇とも比較して何か思うことがあるかもしれない。そして、いま自分が置かれた状況を、過去からの因縁と紐づけて考えるだろう。

それは多分、昔のひとが編み出した、自分を世界と結びつけるメソッドみたいなもので、昔のひとは自分とこの世界との関係性を何とか定義しておくために、自然と持ち出したロジックなんじゃないかって思う。

 

「ウェイキングライフ」の夢と生まれ変わり

映画「ウェイキングライフ」では、夢と生まれ変わりについてベッドで議論を交わすカップルが出てくるんだけど、僕はそのシーンがとても好きだ。この群像劇のワンシーンには、「Before**」シリーズでお馴染みのイーサン・ホークとジュリー・デルピーが出てる。引用の範囲内で、音声だけちょっと紹介しよう。

 

 

一見するとたわいの無い会話のように聞こえるけど、ここでは「(自分がいま見ている現実がそう感じる、という意味での)夢」と「(死んだ肉体から魂が別の肉体へ移し替えられる、という意味での)生まれ変わり」という話題が、「生死」というテーマでつながっている。

脳が死ぬまでに見るであろう数分間の夢は、一生分に相当するだろうから、いま自分が感じている現実は実は白昼夢かもしれない。でもそうして死んでいったひとの記憶は、テレパシーみたいに人類の巨大な記憶倉庫に貯められて、新しく生まれるひとたちに受け継がれていく、というアイデアだ。ピロートークにしてはとても知的なディスカッションだなあと思う。

さらに言うと、新しく生まれてきた僕らの見る夢は、もしかしたら誰かの前世の記憶だったりする可能性があってもいいかもしれない。

最後には、監督であるリチャード・リンクレーターもピンボールに興じる酒場の客として登場するんだけど、彼が話すのは、SF作家のフィリップ・K・ディックの身に起こった奇妙な体験。ちょっと脱線するけど、これも紹介しておこう。

 

 

生まれ変わりについて考えることと、夢について考えることは、実はどっかで繋がってるのかもしれない。「ウェイキングライフ」を見ると、そんな気持ちになる。

 

「スピリットサークル」が面白かった話

漫画「スピリットサークル」も、そんな「夢」と「輪廻転生」に関する物語だ。

主人公である中学生の風太は、転校生である鉱子に興味が湧くんだけど、のっけからバトルテンションの鉱子。

 

 

実は前世での因縁をもっているということが判明すると、風太は「スピリットサークル」という道具を使い、夢のなかで前世を追体験することで、その理由を探そうとする。実は前世でも毎回殺し合っていたということが判明する。

 

 

発端となった未来の出来事を含めると、計7回分の輪廻転生を主人公の風太は見ることになる。

この「見ることになる」というのがキモで、これはタイムスリップではないのがとても良い。この漫画が、ひとをワクワクさせる核心といっても過言ではないポイントだ。

 

 

現代の主人公である風太が過去や未来に行ったとしても、その世界で起こる悲しい出来事を変えることはできない。何故なら、それは実際に体験しているわけではなく、夢のような追体験ってだけにすぎないのだから。(生まれ変わりとなった)主人公たちにとってもそうで、彼らは彼らなりにその世界の人生を生きていくしかない。

僕やあなたは、いまこの瞬間、この世界でしか主体的には生きることができないし、違う世界を「生き直す」ことはできない。つまり、いま生きている現世は、僕らのものってことだ。たとえ前世に何かの因縁を抱えていたとしてもだ。

この漫画の「生まれ変わり」に対する解釈は、だから素晴らしい。だからその他大勢の、タイムスリップして大冒険漫画、とは全然違う。

そして、ひとは見たものから学んでいくこともできる。それを活かして、変えるべきは他人の前世や来世でもなく、いまこの現世だ。そうして風太は、前世や来世を見ながら背負った悲しみから学んで、“いまこの現世で”成長していった結果、転校生の鉱子と対峙できるようになる。なんていい話なんだ!!!

 

「自分だけが分かる世界」を行き来するストーリーは、実は主人公の成長する余地がないものも多い。それは、主人公が社会に対して閉じた存在になってしまう危険性もあるからだ。ただこの物語の場合、主人公の風太は過去生の自分に共感していくことで、文字通り「ひと回りずつ」成長していくようになっている。要は「赤の他人としての過去生」と向き合うことが、ひととして他人に共感できるようになる訓練になってるところも、また素晴らしい。

そうして最後に向き合う相手は、目の前に立っている自分を殺そうとしている鉱子ではなく、その因縁をつくった張本人である過去生(正確には未来生)の自分=フルトゥナだ。現世でその因縁を断ち切ろうと奮闘する主人公風太と、その原因をつくったフルトゥナという人物はパラレルになっている。いまを一所懸命に変えようとする風太と、悪魔的なチカラまでを使って人生をやり直したいと思っているフルトゥナ。

だからこれは、中学生の風太だけの物語ではない。自分の現世をやり直せずに死んでいった、哀しき死霊王フルトゥナの物語でもあるのだ。そう思った。

 

 

余談ですが、僕の輪廻転生ものでオススメなのは、丹波哲郎の「大霊界2 -死んだらおどろいた!!-」ですかね。

 

 

ちなみに、量子力学の分野では、未来に起きた出来事が過去に影響する「逆因果」という現象が理論的には存在する可能性もあるらしいです。

 

・前世って信じますか?生まれ変わりを信じていなくても読んでほしい輪廻転生感動スペクタクル『スピリットサークル』(マンガHONZ)