パリコレと服の民主化
1868年、フランス・クチュール組合(The Chambre Syndicale De La Confection Et De La Couture Pour Dames Et Fillettes)が創設されて以降、権威の象徴だった“仕立て”の文化は、1970年代から台頭したプレタポルテ(高級既製服)によって民主化され、多くのひとが洋服を着ることを可能にした。
それまでも既製服はもちろんあったんだろう。だけど、プレタポルテの登場がもたらしたのは、一種の思想の転換みたいなもので、統一されたコンセプトとしての「フィットする」というキーワードを、「組み合わせを楽しむという思想」に変えたってことなんじゃないかと思う。それぞれのクリエイションという軸はあったにしろ。
そして80年代終盤に登場したNirvanaのボーカル、Kurt Cobainのスタイル。ボロボロのジーンズにチェックのネルシャツといった古着的なスタイルは、音楽ジャンルの名称から「グランジ・ファッション」と呼ばれ、92年当時ペリー・エリスに在籍していたMarc Jacobsはグランジコレクションを発表。このコレクションを発表したことで会社を解雇されるんだけど、一方で「Womenswear Designer Of The Year」を受賞。
時代が下るにつれて、生産性は向上し僕らはどんどん安価に洋服を手に入れられるようになる。
店舗を入ると1000円を出せばデニムのジーンズは買えるし、カラフルで暖かくそれでいてキュートなパーカーだって買える。大量かつ安価に生産されたシステムのなかに今のファッションはある。それがファストファッション。消費社会と生産社会は表裏一体なのだ。
ファッションについて思考する
オートクチュールからプレタポルテ、そしてファストファッションという時代の流れを、一種の美学崩壊の歴史ととるか、もしくはファッションの民主化の歴史ととるか、それは自由だ。そういう二項対立はとても分かりやすい。けれどもそう感じる一方で、ファッションはもっと奥行きのあるもののような気がする。それはファッションの歴史がそうさせてるのかもしれないし、もしくは着るひとのパーソナリティかもしれない。クラシカルな色彩感覚、一方で奇抜な発想や着こなしに対するごくごく個人的な評価なのかもしれない。
オシャレなひとを見ると、そういう頭に浮かんでくる諸々のことが面白く感じる。だから、オシャレなひとを見るのは好きだ。
・STYLE from TOKYO | street fashion based in japan
・The Sartorialist
拡張するファッション
そんなことを考えながら、仕事の資料にしようと思って買ったままになってた「拡張するファッション」を読んでビビった。ものすごく面白い。何で積ん読してたのか、謎だわ。
モードでもカワイイでもない、もうひとつのファッション史。アート、ガーリー、D.I.Y.、ZINE…。
この本は、様々な媒体に掲載された林さんのインタビューを振り返りながら、90年代以降ファッションとアートをクロスオーバーさせていった表現者が登場する。いうなればクリエイター達との対話集のような体裁をとってる。
ミランダ・ジュライ、ソフィア・コッポラ、キム・ゴードン、X-girl、ヒロミックス、長島有里枝、リタ・アッカーマン、BLESS、COSMIC WONDER、パスカル・ガテン、コム デ ギャルソン、マルタンマルジェラ、ヴォルフガング・ティルマンス、スーザン・チャンチオロ、『Purple』、エレン・フライス、アンダース・エドストローム、マーク・ボスウィック、Nieves、ZINE、etc.。そしてあとがきには、元「Purple」編集長のエレン・フライス。とても豪華なメンツ。
この本には、パリコレを追ってきた著者の見ている、もうひとつのファッションが書かれてる。それは一見すると奇妙でごちゃごちゃしてて、パリコレの華やかな世界とは全く別のものだ。もうひとつのファッションはプレタポルテの手の届かない場所で —それは、とても日常的な場所だ— ひっそりと始まり、周辺のカルチャーから多大な影響を受け、それらを巻き込み、影響を与えた。
そのひとつの成果は、たとえば原宿かもしれない。
Fall ’09 – COSMIC WONDER –
90年代の渋谷系サウンドとストリート・クチュール発祥の地である裏原宿とか、マスカルチャーとしての小室哲哉。そういうものがないまぜになりながら、都会はできていて、おっきなランドスケープをつくってるのだ。「きゃりーぱみゅぱみゅ」を見て思うのは、音楽的な側面だけじゃないそういう原宿っぽさみたいなところからくる魅力だ。
この本では、もうひとつのファッションの源流を90年代のガーリームーブメント(前史としてRiot GrrrlによるFanZine)と定義して紹介しているのもポイントだ。それは、それぞれが気持ちよくすごすための「Do It Yourself」というか、自己表現というよりもどちらかというともっと目的的なアクションをファッションのルーツとして紹介しているところが面白い。何か行動を起こすということ自体、実は初期衝動的なものなんだよね。
林央子(Nakako HAYAMSHI)
ICU卒業後、資生堂『花椿』編集部(後の企業文化部)に1988年から2001年まで在籍した後、フリーランスに。
『花椿』編集部の仕事として93年にパリコレクション取材を始めたことをきっかけに、『Purple』編集者のエレン・フライスやさまざまなクリエイター、アーティストたちとの交流を深める。1999年春、2000年春にリトル・モアから『パリ・コレクション・インディビジュアルズ』を刊行。
フリーランスになってからは、国内外のさまざまな媒体への執筆活動と並行して、個人的な編集プロジェクトとしてADに服部一成を迎え『here and there』を始動。2002年春から2012年夏までの間に11冊刊行している。2012年にはニューヨークのMoMAライブラリーに『here and there』のバックナンバーが所蔵され、企画展示にも参加。
・『拡張するファッション』林央子 インタビュー | STUDIOVOICE
・「ガーリーカルチャー」の本当の魅力とは?林央子が語る過去と現在 | cyzo moman
・林央子/Hayashi Nakako インタビュー Street Fashion Marketing magazine “ACROSS”
Other Books
その他のやつも読んでみたくなった。
年2回、春と秋に行われるパリ・コレクション。街中が熱気に包まれるファッションの祭典に、新しい発想でアプローチする、新世代の感性のドキュメント。『花椿』誌98年3・9月連載をまとめたもの。
「パリ・コレクション・インディヴィジュアルズ―1998‐1999」の第二弾。『Purple』(パリ)『VERY』(NY)など海外雑誌も絶賛する1冊。
現在進行形の日本のファッションをめぐるさまざまなことばを結集し、変わりはじめている日本のファッションの輪郭を引き直す、クリエーションとクリティークの最前線。
共著。原宿にあるイベントスペース「VACANT」で1、2カ月に1度開催している「VACANTの課外授業」の内容をまとめたもの。林さんは1限目の「90年代以降のクリエイティブ・ファッション」を担当。