Zineを作ろう!と思い立ったので、「そもそもZineって何よ」というところから制作までやっちゃおうという連載企画。つくろう!の前の長い道のりを紹介していきますが、第3回のテーマは「何となく歴史も紐といてみる」です。ZINEの歴史って諸説あるんですけど、いまのZINEムーブメントの直接的な起源ってどこにあるんだろう?と思ってみたので、ZINEひいてはMAGAZINEについて考えてみたい。箸休め程度に読んでいただけたらなと思います。
目次
MAGAZINEとは何だったのか
“MAGAZINE”の語源
「MAGAZINE」という単語、実は“雑誌”という意味以外にも“弾薬庫”という意味がある。マシンガンの弾丸がたくさん入ったケースのことだ。機関銃とかにガシャーンと装填するアレです。実はこの「MAGAZINE」、アラビア起源の言葉なんだそうだ。アラビア語では「Makhzan」といい、「倉庫」という意味。
雑誌というものは本来「知識の倉庫」、ゆえに「MAGAZINE」というわけ。本来的な意味の雑誌というのは、流行を追いかけるファッション雑誌というよりも、編集者の想いが詰まった、もう少し違うものなのかもしれません。
MAGAZINEにおける編集と都築響一の哲学
「知識の倉庫」と書くと仰々しいというか、大げさかもしれないけど、つまるところ「僕らが知らないこと」を教えてくれるのが魅力的な雑誌だと僕は思う。何気なく暮らしている生活に、ちょっとだけ新しい視点や視座をもたらしてくれるコンテンツ。それが雑誌であり、さらに書くと「何をもたらしてくれる情報なのか」という取捨選択するのが(これからZINEや、はたまた雑誌をつくろうとするあなたも含まれる)編集者だ。
以前、編集者の都築響一さんという方のトークイベントに行ったことがあって、とても面白いことを言っていた。
僕ら編集者っていうのは、ググっても出てこないものを見つけ出すというか、切り口を開発する姿勢が大事なんだと思いますね
新しいものの見方を開発する。それが雑誌やコンテンツをもっと面白くする。僕は普段広告の企画をつくっているプランナーなんだけど、この言葉を聞いてハッとした。これはものづくりをするひとなら誰しもが心がけたい話だ。
都築さんのつくる本は、いつもむちゃくちゃ面白い。あ〜その手があったか!と唸るような視点ばかりだ。毎回強靭なコンセプトと、読むひとを魅了する視点があって、だからこそファンがたくさんいるんだろう。「TOKYO STYLE」という写真集を学生時代に知ったときの衝撃。これは凄いと思った。
フリーランスの編集者として『POPEYE』『BRUTUS』(マガジンハウス)などで活躍する。その後、それまであまり被写体にされなかった東京の生活感あふれる居住空間を撮り『TOKYO STYLE』(京都書院、後に筑摩書房刊)としてまとめ、写真家として活動を始める。- – – 都築響一(Wikipedia)
TOKYO STYLEと賃貸宇宙は、東京に住む普通のひとの部屋を撮影してまわっただけの写真集なんだけど、各ページに渡って見るひとを圧倒させる何かがある。タレントでもなく、なんでもない普通のひとたちが写ってるだけの部屋の写真は、かえって強烈な個性を放っていて、僕の好きなアイデアのひとつだ。
普段何気なく通り過ぎているものも、都築響一のレンズを通してみると、とても変で可笑しく、愛らしいものに見えてくる。「ラブホのデザインが変」とか、今まで誰も口に出して言わなかったことを、「でも、ちょっと変で良いよね」という感じで紹介してくれるのはとても斬新で気持ちがいい。
新しい視点で解釈し直す。編集とは本来そういうものなのかもしれない。
よくサブカルチャーの文脈から語られることの多い都築さんですが、雑誌/編集という文脈のなかで語ったほうが、その切り口の鋭さを理解できるんじゃないかとも思う。メディア論的な話はややこしいので置いておきます。参考までに。
というわけで、知識の倉庫を「編集する」。じゃあZINEは何を編集してきたのかっていう「歴史」について今回はちょっと覗き見したい。
ZINEの出自と歴史
ZINEのルーツは自費出版のパンフレット?
ZINEはどこから生まれたのか、というのは難しい議論みたいだ。というのも定義が広すぎて、どこをポイントにしたらいいのかよく分からない。自費出版というキーワードをたどると、古くはアメリカ独立戦争時にThomas Paineが発行した「Common Sense」をそのルーツにできるとも言われてる。「Common Sense」は政治的な主張をするために書かれ、フィラデルフィアで発行された。そのパンフレットは3ヶ月で12万部を売り上げたと推測されてる。必ずしも優勢ではなかった独立派の気運を盛り上げるのに一役買ったことは確かそうだ。
コミュニティを志向するZINEは、SFオタクが始めた楽しみ方
自費出版とかパンフレットを印刷するってことは配布することを前提にしてるわけだから、何らかの意見を表明するための手段だ。
一方でもう少し時代が下ってくると「相互にコミュニケーションをとるための、コミュニティのためのツール」として機能するものが現れる。それがZINEのもつ魅力の大きな要素であることは間違いない。そしてそれを始めたのは、1930年代のSFオタクたちだったと英語版のWikipediaには書いてある。ちょっと翻訳してみたので紹介しておこう。
ZINEのコンセプトは、19世紀の終わりから20世紀初頭にかけてのアマチュア出版ムーブメントのさきがけとして捉えることができ、1930年代のSFオタク界隈によるサブカルチャー内で、相互交流を生み出す歴史の転換点だった。ZINEに関係する人気のグラフィックスタイルは、ダダイズム、フルクサス、シュールレアリズム、状況主義といったサブカルチャーによって芸術的にも政治的にも影響されている。- – – 海外Wikipediaから読み解くZINEの歴史
これは確かに理にかなってる。というのもSF小説やSFコミックは壮大な世界観を構築する必要がある。スタートレックの解説本なんて全世界でどれぐらい出版されてるだろう。SFオタクたちは思い思いに自分たちで、詳細な設定に想いを馳せたり、それらを共有して「それいいね!」と情報交換しあった。
共有することが楽しみが増えるというサブカルチャーの特徴と、ZINEの「自分で作れる」という特徴が完全にマッチすることで、ガリ版で刷られたパンフレットはコミュニティ内で流通していった。
表現手段としてZINEは、アーティストによって拡張されていく
自費出版というのは普段生活しているとあまり馴染みの無いキーワードだけど、文芸誌ではけっこうよくある。小説や雑誌を同人を組んで出版するものが一般的だ。日本の近現代文学史のなかでも頻出するものだ。白樺派とかね。現代的なZINEムーブメントと直接的に関係あるところでいうと、1950年代のサンフランシスコに集まった詩人達が始めた自費出版が一連の始まりかも、とも言われているらしい。
それはコミュニティで楽しむというものから進化して、自分たちの自己表現としてものをつくる、ということを意味してる。こうしてZINEはクリエイティビティと直結した、自己表現ツールとして確立していった。
ただ文芸雑誌を同人誌として自費出版することと、今のZINEムーブメントが一線を画してるのは、その多様性だ。当初同人誌に収められたコンテンツは明確なフォーマットがあった。写真集だったり詩であったり、エッセイであったり。いま僕らがZINEと呼ぶものにルールなんて無い。なんでもありだし、つくることそのものを楽しむことが重要だし、クリエイティブだ。
もっと自由な自己表現ツールとしてのZINE。本当の意味でのZINE。それを開発したのは80年代後半以降の話で、その中心となったのは西海岸のストリートカルチャーや、パンクバンドムーブメントだ。有名なのはMark Gonzales。プロのスケートボーダーで、adidasにGonzalesモデルとかありますね。僕も中学生の頃は持ってました。ああ懐かしい!
装丁の綺麗な本がつくりたいわけじゃない。普段から目にするグラフィティや意味の無い落書き、ストリートらしい荒々しい表現の手段として、アメリカ西海岸のスケーターたちはZINEをつくり始めた。完全なDIY(Do It Youself)だ。輪転機なんて使わない。コピー機で刷ってしまって、ホッチキスで止めてしまえば完成だ。思い立ったらすぐに作れる!
浅いけど深いようなZINEの歴史
金沢21世紀美術館によるZINEの歴史
とまあ海外の情報とか、英語版のWikipeidaを読んでみながら、自分なりにZINEの歴史をまとめてみたわけだけど、90年代以降の現代のZINEムーブメントについては、金沢の21世紀美術館の資料が一番整理されてる。
この歴史も面白いので、ちょっと整理しながらまとめてみました。自分がいまから作ろうと思っているものの背景をしると、またアイデアを練るのが楽しいですよね。21世紀美術館の資料は広報用ではないみたいだけど、参考にしながらまとめてみよう。
1990年頃
【アメリカ】
HIPHOPやダンスミュージックが普及ために、ターンテーブルとリズムマシンが必要だったように、ZINEが拡がるためにもツール必要だった。それが大量印刷技術だ。それはコピー機の普及と安価な印刷サービスの成長だった。
ビジネス・コンビニ「kinko’s」がアメリカ全土に進出。印刷機を持たない一般層も大量印刷が可能になり、コピーとホッチキスで作られるFANZINE (同人誌)が普及。
ベースとしてのツールが無ければ、カルチャーは拡がらない。それはZINEだけでなく、他の全てのカルチャーと同じだって言えるかもしれません。
1990年代初頭
【アメリカ / イギリス】
ムーブメントとしてZINEをつくることが自己表現につながる、というきっかけになったのはバンドコミュニティ。特にガールズバンド、女性ボーカルを擁したパンクバンドのメッセージを伝えるものとしてZINEムーブメントが広がっていく。
若い女性パンク・バンドを中心としたフェミニズム運動として、「Riot Grrr(ライオット・ガール)」ムーブ メントが発生。バンドファン向けのZineが発行され、読者が急激に増加。
高度な編集作業を経ていないZINEは正直かなり読みにくかったと思う。ただし音楽はロジックではなく、メッセージだ。だから極端な話、わからなくても情熱さえ伝われば良かった。海外の収集家による写真を見ても、実際かなり読みにくい。ただ、ZINEを手にれる、所有することで、その輪を拡げるには格好のツールだったと思う。
Bikini Kill Fanzine / Foto: Copyright Museum of Modern Art, New York
1990年代後半
【アメリカ】
そうしてさらにアーティスティックな表現であったり、ストリートの感覚を伝えるものとして活用したスケーターたちの伝説的なZINEが登場する。それを手がけることになるのが、Mark Gonzalesだ。
伝説的スケーター、Mark Gonzalesが親友の映画監督Harmony Korine(彼の1997年『ガンモ』にも出演してます)と共にZINEを創刊。ストリート・カルチャーのなかでアート表現として広がりを見せる。
アート表現という意味でMark Gonzalesが果たした影響は大きいだろう。彼は後に広がる自身の表現の先駆けとして、ZINEをつくった。
Mark GONZALES, Harmony KORINE, ADULTHOOD, alleged press, 1995
・Dossier Journal » Harmony Korine Collected Fanzines
・Mark Gonzales | shelflife by visitor
Mark Gonzalesというと今ではスケーターとしての活動にとどまらず、画集「INVITATION」とか制作してる。彼の作品はグラフィティ、映像作品ととどまることを知らない。ちなみに「INVITATION」は10年以上ぶりの画集だ。ジャンルボーダレスで、ルールにとらわれない活動にZINEはうってつけの媒体だった。
Gonzalesの90年代の活動は、Jean-Michel BasquiatやKeith Haringといった80年代後半のアートシーンを引き継いで、STREET/POPという文脈をもっと純度の高いアートへ昇華させた。彼自身も歴史に残る、90年代は輝かしい時代だ。
・MARK GONZALES|ZOOM10(展示)
そして、一気に広がっていく2000年以降
日本でこのZINEムーブメントが広がっていくのは2000年以降。世界的な流れになっていく時期とちょうどリンクする。特に注目したいのはNieves Booksというリトルプレスの存在。ZINEを趣味の副産物から、アート表現として非常に高度な作品レベルまで引き上げるのに貢献したのは、Nievesの功績だ。
- TOWER RECORDS東京渋谷店でZineの販売開始。(2001年頃 / 日本)
- Benjamin Sommerhalder、アーティストに声をかけ「Nieves Books」としてZINEの発行を開始。(2004年 / スイス)
- 写真家のCraig Atkinson、自身を含めたアーティストのZINEを出版販売するCafé Royal Booksを設立。(2005年 / イギリス)
- 写真家の平野太呂、「No.12 GALLERY」で、「Nieves」とZINEの展覧会を開催。(2006年 / 日本)
- ZINE’S MATE主催「THE TOKYO ART BOOK FAIR」の開催。ZINEブームが加速 。(2009年 / 日本)
- デザイナー、ウルス・レーニが主宰する「Rollo Press」が一連のZINEで、Swiss Federal Design Awardsを受賞。(2010年 / スイス)
日本のZINEに関する話
やっぱり、海外ではスケーターとかバンド、広義のストリートカルチャーとの繋がりが深いみたいだ。本来はアーティスト達が自分たちの考えやコンセプトを伝えるためのものだった。そこからインターネットやDTPの普及で、一般の素人でも参加できるようになったZINE。
一方日本では同人誌という言い方のほうが馴染みが深い。日本の特殊な事情については、ばるぼらさんがまとめている本がとても面白いのでおすすめです。
Nieves Booksという異色のリトルプレス
スイスで2004年に設立された「Nieves Books」はZINEの歴史の中でも、シーンを大きく変えた立役者。
オーナーのBenjamin Sommerhalderは、これまでのZINEのイメージを大きく覆すアーティストによるZINEを発行し始める。
知り合いのアーティストの作品を刷り続けてたみたいだけど、以外にも日本人もいたり。NievesのZINEは意外なアーティストとのコラボも多くて面白そうだ。
最近のものではBeastie Boysをフィーチャーしたり、海外との連携企画も多そう。ちなみに、NievesのZINEは日本でも入手可能です。オフィスは観光でも入れそうです。観光スポットとしても紹介されてるNieves。
Nievesは、アーティストのブティックのようなリトルプレスだ。だけどこれからのZINEは、自身をアーティストとして標榜しない/位置づけない、いわゆる普通のひとたちのメディアになっていく可能性もある。だとしたら、昨今のブログメディアからソーシャルメディアにまたがるCGM的な考え方にも通じるのかも。
FacebookやInstagramのフォーマットにのっとらないクリエイティビティ。それがとても面白そうな予感が、僕はしています。
参考リンク
・Craig Atkinsonによるプレス:Café Royal Books
・たぶん日本最大級のLibrary:BOOKLET PRESS & LIBRARY