夏が終わった。
おそらく人生で一番散財した夏であったように思う。
一番大きな出来事としては、ついに別れてしまったというところだ。まぁもともと結婚してなかったわけだけど。この年齢までずるずると引きずってしまって、本当に申し訳なかったなとも今では思う。いつも社内では、つらつらと自分の考えや思うことを書いているつもりではあるのだけれど、本当に自分のことを書くのはつらいものだなあ、なんて呑気に思ってはいるけど、まだそう思えるようになっただけでも、だいぶマシな気分になるまで回復してきた気がする。
彼女が出て行った後、リビングはほとんど何もなくなって、がらんとした部屋に呆然と1日立ち尽くした。
何もない部屋。ただ、厳密にいうとずっとリビングには何もなかった。ソファを買いたくないという彼女の意見を採用して、リビングにはソファがなかったし、座椅子もなかった。二人で割り勘して買ったYogiboのでっかいクッションはいつも彼女が使っていたし、よくよく考えたら彼女がいるときに使うと決まって追い出された。今思えば、彼女はずっと一人暮らししているつもりだったのかもしれない。それは言い過ぎか。だからつまり、自分はあまりリビングにいたくなかった。
呆然と1日立ち尽くした後、1週間まるまる有給を申請した。この部屋はもう誰も来ないかもしれないわけだけど、自分はこの部屋をちゃんとした部屋にしたいな、次こそは。自分がいて楽しい部屋にしたい。そう思って、今まで見向きもしなかった家具を買いまくった。いままで絶対にいらないと思っていたTVを買って、キャビネット、チェスト、ソファー、ローテーブル、冷蔵庫、フライパン、カトラリーを異様なテンションで買っては受け取り続けた。照明まで全部取り替えた。引っ越したほうが良いなんて、言われなくても分かってても、自分はこの部屋をちゃんとした部屋にしたかった。それが何かのけじめみたいな気がしていて。
買い物というのはすごいもので、部屋が部屋になってくると、思った以上に精神が落ち着く。落ち着いたところで、会社のみんなには本当に申し訳ないなあと思いながらも、次は地元の用事で帰省した。

そそくさと墓参りを済ませた後、企画した同級生との同窓会へ。僕の母校はけっこう愛校心が強い高校で、年に1度ホテルのボールルームを貸し切って盛大な同窓会の総会があるんだけれども、来年は自分の年代が幹事をやらないといけなくて、そのために一度地元にいるみんなを集めてプチ同窓会をやってみるという趣旨なのだが、南は沖縄、北は北海道まで、なんなら今年の初めはラスベガス、ニューヨークまで会社の経費で行ってしまうと、自腹で帰省するというのがとても億劫に感じてしまう。億劫に感じる余裕がないほどちゃんとしたプロジェクトなので、これから先一年、気合いを入れていかないといけないなと思う。
同級生の本当にありがたい尽力あって、同窓会は無事に終わった翌日。久々に地元のバスにのって、同窓会には来れなかった友人に会いに行ってみた。東京ではバスに乗ることがめったにないので、懐かしくて落ち着く。

親友は相変わらず親友で、やっぱりいいなあと思ったのは、思い出話を彼は一切しない。訪問したお寺の話や仏教の考え方、自分が近年聴き込んでいるジャズギターの奏者、つくった曲がAppleの公式プレイリストに載ったことなど、彼にとっては今がとても大事なのだ。でもそれが仏教徒とという気がする。
