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ネット系の広告会社サイバーエージェントの東京本社で新規開発局に勤めていらっしゃる方の記事が面白かったので、きょうのアンテナからリンクさせていただきます。
■インターネットの歴史
1994年 人間こそが情報を整理できる→Yahoo!誕生
1995年 全てを売ること→Amazonの誕生(流通のロングテール現象)
1998年 情報に信頼性の絆が生まれた年(ハイパーリンク)→Googleの誕生
1999年 インターネットに面白さ(音楽)を持ち込む→Napsterの誕生(ファイル共有→コピーという限界費用ゼロの実現)
2001年 その後、たった5年半で1億台以上販売→iPod&iTunesの誕生(ハードとソフトを抱き合わせにしてプラットフォームを作り上げる発想の完成)
2003年 共有知→wikipediaの誕生
2005年 →YouTubeの誕生(動画コンテンツ競合を数週間で打ち破る)
2006年 →Twitterの誕生(リアルタイムコミュニケーションという発想)
2007年 →クラウドコンピューティングの誕生(ソフトウェア終焉の始まり)
2008年 →iPhoneの誕生(“携帯”高スペック化/高UI化の口火を切る)
2009年 →Androidの誕生(フリーOSの進化/プラットフォーム構想の誕生)
■デジタル化の流れ
ドキュメント(場所)→コンテンツ(言葉)→人/法人(時間)→(空間)
■消費社会の移り変わり
食料の消費→モノの消費→情報の消費
■3種の神器
テレビ・冷蔵庫・洗濯機
→ケータイ・インターネット・ソーシャルグラフ
※原文に追記しています
流行としてTwitterを使ったりするのではなく、その根底にある通奏低音、つまり本質的な動きを読み解くことができるのか。その部分がデジタルの世界を乗りこなす能力のネックになってくるんじゃないかなと思うのです。
広告の本質的な部分、“コミュニケーション”が根本的なところで変わってきている、それを理解しようともがくか、流行で片付けてしまうのか。その差はどんどん大きくなってきているように思います。