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さっきタクシーに乗って帰ってきた。
普通のおっちゃんが運転してるタクシーで、別になんてことない。いつものタクシー。
ただ、乗り込んだ瞬間から何か違和感があって、ずっと何だろうって考えてて、乗り込んで3分ぐらいたってから気付いた。
「匂い」だ。
女の人の匂いがする。試しにシートにもたれかかったら、ほらやっぱりそうで女の人の香水の匂いがした。多分これはコロンとかそういうのじゃない、“オードトワレ”とか“パルファム”とか呼ばれるやつだ。ちょっと高そうな香りがした。
これは僕の性格だろうけど、というかそんなことはどうでもいいのだけど、運ちゃんに「さっき女の人乗せませんでした?」と訊いたら、「ああ匂うでしょ、新地のお姉さんだよ」と愛想良く応えてくれた。僕は「いや全然大丈夫ですよ。っていうより、タクシーっていつも他人の匂いってしないからスゴいなあと思ってそっちにビックリしたぐらいです」って返した。
魚喃キリコが描いてたけど、ひとの思い出を喚起する一番のトリガーは“嗅覚”らしい。あれは女子的な文脈で使われてたけど、それってけっこう共感できるな。そしてこっからは勘だけど、日本人っぽい。高橋源一郎の小説「さようなら、ギャングたち」のなかにも「キミはWellaのシャンプーを使ってるな」っていうセリフが出てくる。とても趣があっていいシーンで、僕はこの小説がとても好きだ。
派手に仕事するのもよいけど、そういう魚の小骨をつまむような生活がしたいなあとか思う。普通の生活だろうけど、それはそれで素敵だと思ったりもする。
それに「思い出す対象がある」ってとても情緒的でいい。例えばあなたが女のひとだったとして、街で偶然すれ違った男の人から、昔の彼氏と同じ香水の匂いとかしたらどうだろう。自然に思い出されるものっていいよなあ。それでいて、恋人っていうことは「相手がいる」ってことだし、とてもソーシャルな感じもする。
みたいなコトを考えながら、Wikipediaで「ポアンカレ予想」と「フェルマーの最終定理」の記事を読んで、晩ご飯をさっき食べました。ゴーヤサラダは少し苦くておいしかった。