先日さらっと書いたCGモデルの話が、実際にアパレルブランドのミューズになったという流れでニュースになっていて、とても驚いた。誰かの受け売りだけど「時代なんて、パッと変わる」。そんなもんかもしれない。

ラグジュアリーブランドのBALMAINは、キャンペーンのミューズに、実在しないCGモデルを起用することを発表した。そのモデルがSHUDUだ。ブランドを体現するなら誰もが歓迎される、というのがBALMAINの趣旨らしい。

ANYONE AND EVERYONE IS ALWAYS WELCOME TO JOIN BALMAIN ARMY’S GROWING RANKS — THEY NEED ONLY SHARE OUR BOLD SPIRIT OF ADVENTURE AS OUR NEW VIRTUAL ICONS, MARGOT, SHUDU AND ZHI WHO MIRROR THE BEAUTY, THE ROCK STYLE AND THE CONFIDENT POWER.

BALMAIN ARMYの兵士の育成に加わるなら、みな誰もが常に歓迎され、そして彼らは冒険への果敢なスピリットをシェアされることを望みます。それは、私たちの新しいバーチャルアイコンとして、美しさやロックスタイル、そして自信をもたらす力強さを体現するMARGOT、SHUDU、そしてZHIたちの冒険です。

– – – https://www.balmain.com/jp/balmain/balmains-new-virtual-army

SHUDUがCGなのは分かるとして、他の二人は実在するミューズみたいです。でもこうして見ると逆にCGっぽい。

並んだ写真を見てみても、あんまり違和感は無いように感じる。これは、実際の写真をCGに寄せてる感じもあるんだろう。

将来的には、実在するモデルも顔や全身をスキャンして、モデリングデータを勝手に働かせる(実際にはCGクリエイターが働いているわけだが)なんてことが、普通になってくるのかもしれない。だとしたら、デジタル全盛時代に銀塩フィルムを愛おしむひとたちがいるように、「実物だからこそ」味がある、みたいなことを言い出すファッション評論家も、あと数年で出てくるんだろう。それは人間が働かなくても良いユートピアか、リアルな人間のアイデンティティが疎外されていくディストピアを意味するのか、僕にはまだ分からない。

映画だとこういうアイデンティティの喪失というのはモチーフとして使い勝手が良い。最近の良作でいうと「コングレス未来会議」を一例として挙げることができる。

人気女優だった主人公は「今後、映画に出演しない」という条件で、自身の身体を全身スキャンして、映画会社へその使用権を譲渡する契約を結ぶ。実物とフェイクが入り混じる世界はどんどん混沌とした状況になっていき、世界はバーチャルな世界から抜け出せなくなる、というディストピア映画だ。個人的には結構好きな映画でした。

第一幕では、主人公が契約を結ぶか否か、条件交渉を行うシーンが出てくるんだけど、こういうのは数年後には当たり前になってるかもなあと思いながらぼんやり観てた。本当はもっともっと早く実現してしまうのかもしれない。

アリ・フォルマン監督の他の作品でいうと、国内で確認できるのは「戦場でワルツを」というアニメーション作品。こちらは実写無しの完全アニメーションで、こっちも面白かったです。

タイトルの意味がとても悲しかったけどね。

世は安室ちゃん引退!という感じで、お祭りムードだけど、CGモデルに憧れるティーンがどんどん増えていくなら、「タレントが引退する」ということの意味は、どんどん希薄になっていくのかもしれない。そう考えると、この安室引退フィーバーも、なんだか愛おしいような感覚さえ覚えてしまう。