大学時代、3年が終わる頃には必要な単位数と評価をもらっていた僕は、もともと飛び級して大学院に進んでみたいと思っていて、社会学が得意とする意味の世界と、経済学の評価システムを駆使して社会構造を分析したらとても面白いんじゃないか?とかそういうことを考えていた。当時僕は記号学に割とハマっていた。いまだにハマっていると言っても過言ではないかもしれない。

ただ、ひょんなことから通ってみたコピーライター養成講座で、広告業界に喚起されてしまい、結局広告業界に就職した。あともう10年ぐらい経てば、この選択が正しかったのか、致命的な過ちだったのかは明らかになるんだろう。

ところで。

10年前に就職活動をしていた頃、いくつかの会社にエントリーをしてみた。当たり前だけど「広告をつくってみたいです」と面接で伝えると必ず「あなたがイケてると思う広告は何ですか?」と聞かれる。僕は必ず「NIKEの広告、それもグラフィックとかCMじゃなくって『Just Do it.』という言葉が一番すごいと思う」と答えていた。

「Just do it.」という言葉は意訳するなら、「やってやろうぜ」「やっちゃおうぜ」「やってみろよ」みたいな意味だ。スポーツの世界では、勝負とは文字通り勝ち負けである。しかし、スタートを切らなければ、何を考えていても意味がない。世界で初めてワッフルソールを開発したこの会社の靴は、スタートを今まさに切らんとする、行動する勇気あるアスリートのためだけにあるのだ、という高らかな宣言になっている。

そしてこのシンプルな「it」という2文字には、シューズを踏みしめるひと、さらに言うとこのメッセージを受け取る可能性をもった様々なひとにとって、全然違う意味をもつものだ。それは今から始まる100m走なのかもしれないし、事故で右足を失ったひとにとっては人生をより良く生きようとする再スタートなのかもしれない。押し付けがましいように見えて、NIKEは万人のための「it」を応援する。そういう企業姿勢を語っているとも言える。

就職活動をしていたとき、僕はぼんやりと「今後は上手いこと言うコピーって絶滅していくかもしれない」と感じていて、それでもなお万人が消化できる「Just Do it.」というタグラインは凄いなあと、そう思っていた。

この話を思い出したのは、つい先日から海外のニュースを賑わせているNIKEのクリエイティブのせいで、公開された直後に「ああこれはNIKEっぽくて、賛否両論を巻き起こすだろうなあ」と思いながら見ていたけど、案の定世界を巻き込んでスポーツの世界のみならず、全世界に一石を投じている。

Believe in something. Even if it means sacrificing everything.

(たとえ全てを犠牲にしてでも、信念をもて)

NFLでクォーターバックを務めていたスター選手Colin Kaepernickを起用したこの広告は、屋外広告にも掲出され、ムービーにも起用されたモチーフだ。キャパニックはアフリカ系米国人に対する警察の扱いに抗議する意思を込めて、試合時の国歌斉唱時に片膝をつくパフォーマンスを始めた選手だ。この行動には数十人が参加し、キャパニックはその後、チームとの契約を早期終了。現在をフリーエージェントになっており、どのチームとも契約を結べなくなった。

SANTA CLARA, CA – DECEMBER 11: Eli Harold #58, Colin Kaepernick #7 and Eric Reid #35 of the San Francisco 49ers kneel on the sideline, during the anthem, prior to the game against the New York Jets at Levi Stadium on December 11, 2016 in Santa Clara, California. The Jets defeated the 49ers 23-17. (Photo by Michael Zagaris/San Francisco 49ers/Getty Images)

NIKEがこうしたアスリート支援をするのは、今回に限ったことではなくって、政治的な主張とは違うけど、Serena Williamsが全仏テニスで血栓予防のために着用していたキャットスーツを禁止されたときにも、似たような投稿をSNSで公開した。これもつい先月のことだ。

「スーパーヒーローからコスチュームを奪っても、彼女がもつ超人的なパワー(スーパーパワー)を奪うことはできない」というキャプションがつけられたこの投稿は話題を呼び、Instagramの投稿には、89万回のLIKEがついた。これらの取り組みをまとめた動画を「Dream Crazy」と題して、NIKEは公開している。その再生回数はすでに2000万回に達した。

https://www.youtube.com/watch?v=Fq2CvmgoO7I

アスリートが対峙しているのは、その勝利を妨げるライバルの存在や、自身の肉体や精神の限界だけではない。そこには、前代未聞の記録を打ち立てることに対する世間の常識、思い込みや、生い立ちの境遇、人種差別、性差別、さらには政治的主張からくる軋轢もある。それを突破できるものが、超人とされるのだ。NIKEというブランドが、それを応援するというメッセージは相変わらず攻めてるなあと思う。

ただこの話は「尖ってみた結果SNSで目立ったCM」というだけにとどまらない。純粋に技術を競う場であるスポーツで政治的な主張をするのはどうなんだ、という意見もある。他にも国歌に対する冒涜であるという意見をSNSで表明するひともいるし、はたまたNIKEのシューズを燃やすパフォーマンスをやってのけるひとまで現れている。

かつて過酷な第三国の工場で製品を製造していたNIKEは、はたしてリスクを犯してまで政治的な主張をするべきなんだろうか?かつて持続的成長という名目で、環境に配慮することを求められたブランドは、分断されつつあるこの世界で、政治的な見解もオープンに公開するべきなんだろうか?この現象は、NIKEのみならずグローバルに展開する企業が、あと数年でかなりシビアに結論を出すべき問いかけのようにも見える。

一般消費財に限った話でもない。過去にYouTubeは、人種問題についての投稿をYouTuberたちに行うよう、促していたことがあった。「あなたの投稿を待っている数百万人のユーザーは、あなたが事件に対してどのような見解をもっているのか聞くことを望んでいるはずだ」ということだ。

But this week, after the unacceptable violence and racial injustice we all saw in the US, and following other tragedies around the world, they will come listening a little bit harder to hear a few things: like should they be scared, should they pick sides, should they hate more or love more. Should they tear somebody down or pick somebody up.

You have earned their love, their respect and their attention. Whether you ever intended it or not, your voice has enormous power to connect with your community. There’s no group of people on Earth that has more power to move people than you do.

How you use your voice is up to you. But if you can use it to help us all figure out how to live together in respect, to lend support to the Black community, to Dallas and to all the victims’ families, we need to hear it. I can’t do what you do, but change needs to happen, so let’s see what we can do together. – – – https://youtube-creators.googleblog.com/2016/07/this-week_9.html

人類はみな平等で、アスリートは肉体と精神の鍛錬によって評価されるべきだ。だとしたら、それを妨げる全てのものは、コートや競技場の外であったとしても、立ち向かうべきである。それがNIKEの結論なのかもしれない。NIKEの指す「it」はまたひとつ大きな意味をもつようになったということなんだろう。

そうしてこのタグライン「Just Do it.」は、今年で30年を迎えた。誕生日おめでとう。

 

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