マグノリアのトムクルーズの元ネタ

ポール・トーマス・アンダーソンが監督をしている「マグノリア」は、9人の主人公が入れ替わり立ち替わり登場する群像劇で、最後には皆の運命がひとつにつながる話。主人公の一人であるトムクルーズも、フランク・T・J・マッキーというプレゼンテーターを演じている。

フランクのセミナーは「Seduce and Destroy(誘惑してねじ伏せろ)」という名前。アメリカでは、女性の口説き方をプレゼンするひとはピックアップアーティスト、つまりナンパ師として知られてて、セミナーは参加者の興奮と熱気で自己啓発セミナーというより、どちらかというとライブ会場みたいだ。

この映画を初めて観たときに、中学生だった自分は「アメリカって自己啓発セミナーもエンタメなんだ、やっぱりデカい国は考えることが違うな」と思ったけど、まさか本当にこんな形式でセミナーをやってる奴がいるなんて最近まで知らなかった。

それがアンソニー・ロビンズ、本名をAnthony Jay Robbins。「Date with Destiny」の主催者だ。フランクの「Seduce and Destroy」の元ネタは語呂も似てるし恐らく「Date with Destiny」なんじゃないかなと僕は思ってる。Netflixのドキュメンタリー「アンソニー・ロビンズ -あなたが運命を変える-」を観て、アメリカってすごいなと思ったので、今回の記事は殴り書きしておきたい。

アンソニー・ロビンズは、もう「Date with Destiny」のセミナーで何カ国も巡業していて、もう5000万人以上の前で話をしてるんだそうだ。ちなみに僕が観たTED Talkの動画では、アメリカ元副大統領のアル・ゴアもプレゼンテーションを聴いてる。ただ勘違いしないで欲しいけど、今日の話はこのセミナーがオススメ!とかそういう話じゃない。アンソニー・ロビンズの前に、僕が考える自己啓発についてちょっと書いておきたい。

 

社内教育はトレーニングではなくてコーチングであるべき、という話

僕の勤める会社は若いので、これまでもう何人もの内定者や新卒入社、転職してきたひとを見てきたし、実際OJT(On  the Job Training)でも僕は対応をしてきた。転職前の会社で一切育成というものをやらなかった自分は、結構そのことを後悔していて、いまの会社では割と後輩の面倒見は良いほうだと思う。

「マネージメント」とか「リーダーシップ」とかいろんなハウツー本が巷には溢れているけど、最終的に僕がたどり着いた育成法は「コーチング」だった。

僕と僕を誘った先輩のモットーとして「高度に自立した個人同士の連携プレーが、部署としては最も最強の布陣」というのがある。誰からも管理されなくても、自分で自分の目標設定を立てて、自分で成長していく。会社の成長する方向性から外れてさえいなければ、それが一番会社に貢献できるし、自分のためにもなる。これが一番シンプルで強力なチームビルディングのあり方だ。就活生にはあまり知られてないけど、特に広告会社では、こういう課題設定能力というのがとても肝の能力になる。この世界は課題だらけだ。それを勝手に設定して、値段をつけて、逐一解決していく。そこにビジネスの付加価値が存在するわけだから。

僕は勝手にいろいろ手を出すタイプなので特に問題はなかった(もしくは多大なる問題があったかもしれない)けど、それをどうやって後輩にもやってもらえるかが問題だった。そんなときに発見したメソッドが「コーチング」だった。

「トレーニング」というのは文字通りトレーナー(教えるひと)とトレーニー(教わるひと)の二項対立で成長を管理するメソッドだ。トレーニーに足りないとされる能力を、トレーナーは完全に把握しており、かつトレーニーがつまづかないように適宜課題を出す、一方でトレーニーはトレーナーのいうことが絶対であり、トレーナーとトレーニーの差が成長の伸び代になる。これは一見して合理的なように見えるけど、致命的な欠陥がある。一連のトレーニングを修了した後、トレーニーはそれ以上成長しなくなるのだ。つまりトレーニー、教わるひとの限界は、教えるひとが無意識のうちに設定してしまうところに問題がある。教える側が完璧だという誤った認識のもと作られたプログラムなのだ。

企画や課題解決を仕事にする広告・コミュニケーション業界では、このやり方は通用しないだろうとずっと思ってて、なぜかというと僕には師匠がいなかったから。師匠がいなくても、個々人は自分で目標設定や次のチャレンジングな案件を見つけなければならない。これはトレーニングで何かの技術を伝える方法とは根本的に相容れないんじゃないか?ずっとそう思ってた。そうしてたどり着いたのが「コーチング」というメソッドだった。

コーチングはトレーニングとはちょっと違って、教えるひとという役割ではなく、「引き出すひと」という意味合いのほうが強い。トレーニーの強みをきちんと理解したうえで、それを表現できるように「引き出す」のがコーチの仕事だ。

基本的な事柄については教えるけど、僕は後輩に対して何かを強いたりはしない。その代わりに「なんでそう考えたの?」「なんでそのプランなの?」「他のひとのプランを聞いてどう思う?」をひたすら聞くようにする。そして自分なりに考えた意見を最大限尊重してあげる。それは本人なりに考えた最大出力だからだ。あとは「他に足りない部分はないかな?」と聞くだけでOK。対話を繰り返すうちに、トレーニーの考えはいろんなところに飛ぶので、その都度「どうしてそういう考えに至ったか」を説明してもらう。それだけだ。

僕は基本的に誰が考えた企画でも、筋が通ってさえいれば全然OKだと思ってて、仕事になるかどうかはクライアントからお金がもらえるかどうかで決まると考えてる。だったら、トレーニーの考えに「どうやったらその企画にお金を出すかな?」という疑問符が生まれれば問題ない。考えを認めてあげれば、本人だってやる気が出るし、もっと良いプランにしようという内的な動機付けが強化される。それはその後、僕が離れてもずーっと本人のなかで燃え続ける燃料のようなもので、その燃料さえあれば勝手に独り立ちするものだ。

本来トレーナーがやるべきなのは、線路を引いてあげることではなくて、「どこに向かっていくのか」という地図の描き方を教えてあげることなのだ。大事なのは線路や道じゃなく、地図というモチベーションを自分のなかで持てるようになるかだ。僕はそう思っている。だからつまるところ、できない奴をどう育成するか?なんてことは問題ではない。本当の問題は教える側に問題がある。教えてあげるという構造自体が、そもそもトレーナーの力量とミスマッチを起こしているだけなのだ。

 

自己啓発メソッドのトラップ

本当に重要なのは、本人がそこに向かっていくべき動機付けが大切だ。だから巷に溢れる自己啓発ハウツー本のほんとどは、性格を前向きにはしてくれるかもしれないけど、仕事で自身に成長をもたらすようなドライブはかからない。自己啓発メソッドのほとんどは

  • 自身の陥っている状況への負荷をかける
  • 何らかのカタルシスを用意する(メモに書き出すとか、大声を出すとかだ)
  • 前向きになったことを他者に報告する

この手順は根本的に、自分がどこに向かっているかを定義できない。だから実践者は定期的にカタルシスを求めることになる。自立した個人になることが目標となっているときに、だからこのメソッドは使えない。

この世界の問題は常に血の通った生き物であり、いつも同じカタチをしているとは限らない。僕らはそれに対してこれまで考えもしなかった戦術でアプローチしなければならないし、だからこそ変わりゆく社会経済のなかで生き残れるソリューションを編み出せるのだ。

「マグノリア」に登場するフランク(トム・クルーズ)は「誘惑して捻じ伏せろ」と説くわけだけど、その原動力として、なんとしてでもセックスしたいだろ?その本能に従うんだ!というのは、成長の原動力を性的な本能に紐づけるという、とても合理的な解決策を提示しているとも言える。

フランクのセミナーに参加して、自身の魅力に目覚めたひとにとっては、もうフランクは必要なくなる。彼のセミナーはぱっと見バカバカしくも見えるし、映画でもそういうふうに描いてはいるけれど、それはサービスのゴールとしてはとても親切な設計だと僕は思う。

 

アンソニー・ロビンズのセミナーがエンタメとして成立する理由

さて。ひとの成長は教えるものではなく、引き出すものだという話から、本題のアンソニー・ロビンズだ。

彼のセミナー「Date with Destiny(あなたが運命を変える)」はいつも超満員のセミナーで、毎回世界各国から様々なひとが訪れる。彼の個人的なクライアントとしては、ビル・クリントン、ダイアナ妃、ゴルバチョフ、マザーテレサ、ネルソン・マンデラ。錚々たる顔ぶれを挙げることができる。

僕はそのセミナーの映像をNetflixで観てむちゃくちゃ面白いと思ったけど、セミナー自体が参考になるとか、自己啓発に良さそうとかそういう話ではなくって、セミナー自体がエンタメとして成立してるのがとてもアメリカらしいと思った。

自分がどこに向かって成長していくのか?これを定めるのは、言うのは簡単だがとても難しいものだ。自分のことを客観視できるひとは、優秀なひとでも難しいし、どこに向かっていくのか?を決めるのも難しい。人生はとても長いし、長く生きたからといって他人が言っていることが自分にとって正しいのかも分からない。世界はどんどん変わっていくし、大抵の意見はアテにならないものだ。

だからアンソニーのセミナーでは、自分の決断を下す瞬間。その瞬間に本人のカタルシスがおこるように演出されている。しかもそれは大勢のひとが自分を見ている、その瞬間に起こるのだ。だから言うなればこれは、エンタメ型の心理カウンセラーと言ってもよいかもしれない。

しかもセミナーに参加してるひとは、なんというか、かなり重度というか、ヤバイ。父親が薬物乱用者とか、家族がセックス教団の人質になってるとか、仕込みなのか分からんけど、映像として観ているだけでも感じ入るものがある。

こういうのがとてもアメリカ的ですごいなあと思う。それが他人の決断でも、心が動かされれば、自分にもできるかもしれない。そう思うもんだ。ワンピースを人生の指針にしているひとは多いし、漫画や小説の登場人物に自分の人生を投影しているひとは少なくないだろう。

カウンセリングの過程そのものがエンターテイメントとして成立している。だから参加するひとはワクワクするんだろうし、自分の目標を自主的に新たに設定できる。有意義な新しい人生の目標だ。僕はこのセミナーに参加したいとは思わないけど、(アメリカにはこういうひとがわんさかいるのか知らないが)、このプロセス自体が一種の発明だ。50~60人ぐらいのスタッフでやってるということも、彼本人がエンタメとして意識していることの証左なのかもしれない。

TEDでのトーク(これはアメリカで最も権威のあるプレゼン会場といっても良いかもしれない)では、短いながらも、「人を動かす」ということについて語られている。アンソニー・ロビンズはだから、自覚的なのだ。彼自身がやっているのは引き出しているだけで、本来皆がもっているものが全てで、それが無限の可能性をもっている、陳腐に書くとそういうことかもしれない。

最後にドキュメンタリーの制作者と、アンソニーの会話が象徴的だった。

Question:この作品(ドキュメンタリー)に望むことは?

Anthony:参加者が自分を変革する姿を見て、変革とは素晴らしいと思ってくれることだ。そして、自分にもできると思ってほしい。

Question:アンソニーロビンズをよく知ってもらうのはどう?

Anthony:誰も興味ないだろう(笑)。本当だ。もしそれを目的につくってるなら、考え直したほうが良い。

Anthony:人は何に満たされるのか。何に生かされ、何が変化をもたらすのか。変化を起こしたら、それをどう持続させるのか。なぜひとは恒久的な変化を瞬時に起こせるのか。それは真実なのか。触ったり、味わったりすることはできるのか。そっちのほうが、アンソニー・ロビンズなんかより、面白い。

ちなみにだけど、トムクルーズがナンパ師としてプレゼンする「マグノリア」も面白いです。

やる気を引き出したいなら、アンソニー・ロビンズ(アンソニーロビンズ)の書籍も良いかもしれないけど、僕としては海外の広告会社の社長の書いた本が一番ぶっ飛んでてオススメします。論理的に自分でモチベーションをあげられる奴なんて、そういない。やるなら劇薬を読んでみてからでも、遅くはないと思うけどね。