ダンスミュージックやクラブカルチャーが黒人、特にゲイ・カルチャーをルーツにもっていると話すと、驚かれることが多い。エンタメに歴史の授業は必要ないと思っている人は多いけど、“今、何が起こっているのか”を理解する上で、ルーツを知ることはやはり重要なんだなと感じた話題。

名前を放棄した“Joey Negro”によるリリース

Joey Negro(Faceboook Profile)

7月21日、Joey Negroのステージ名で知られるDave Leeはその名前をもう使わないとFacebook上で公表した。

Dave Leeは現役で活動しているイギリス人プロデューサーであり、人気ミックスシリーズをもつ名の通ったDJだ。そんな彼がステージ名を捨てるという決断は、断腸の思いだったことは想像に難くない。

その発表はオフィシャルFacebookページで公開され、音楽メディアはこぞってこのリリースを取り上げた。コメントは1000を超え、3300のLIKEボタンが押されている。

読むのが面倒なひとのために意訳してみよう。

「Joey Negro」という異名をどうやって思いついたのか、という質問を何度も受けてきたのは驚くことじゃない。知らない人のために説明しよう。僕は1990年に初のソロ・リリースを制作したんだけど、それが良いものなのかどうか、どうしたらいいのか分からなかった。当時僕はRepublic(Rough Tradeがオーナー)というレーベルを運営していて、NYのNu Grooveというレーベルから何度かライセンスを受けていた。彼らはとてもクールで素晴らしいレーベルだったので、自分の曲をそこのフランクとカレンに送ったところ、彼らは気に入ってくれて、スケジュールに隙間があったのでリリースする準備をしてくれたんだ。ただ、いつもは名前を考えるのが得意なんだけど、何も思いつかなかったし、レーベルからは「週明けまでにクレジットを全部入れてくれ」と言われてしまったんだ。仕事場の机の横にはレコードが山積みになっていて、その中にPal Joeyの “Reach Up To Mars”とJ Walter Negroの “Shoot The Pump”があった。僕はそのレコードから何枚か名前をメモして隣に置いた。

ラジオでJ Walter Negroのレコードをニュー・リリースとして聴いたことがあった時、DJがスペイン語の発音である “Negro”と発音していたので、そんなこんなでこの名前を使うようになった。なぜ「Dave Lee」を使わなかったのか?振り返ってみるとそうすべきだったんだけど、正直なところ、当時僕のお気に入りのレコードを作っていたJunior VasquezやDavid Morales、Frankie Knucklesなどと比べると、自分の名前はつまらないと感じたんだ。スペインのハウス・レーベル、Blanco Y Negroは「Real Wild House」というビッグ・レコードを出していたし、「Piano Negro」という曲もあった。70年代後半から80年代前半に買ったディスコ・レコードの多くは偽名でプロデューサーをしていたから、自分自身の名前を使わないことに違和感はなかった。当時はその名前でずっとDJをすることになるとは思ってもいなかったし、面と向かって名乗るとも思っていなかった。単なるレコードのラベルのためだけに使う名前に過ぎなかったんだ。

Nu Grooveのリリースは良かったけど、その名前を使うつもりはなかった。でも1年後に新しいEPができたので、Raven Maizeという名前を使おうと思っていたんだけど、友達にそのEPを聞かせたら「Nu Grooveの続編みたいだから、Joey Negroという名前を使った方がいい」と言われた。僕はなるほどなと思って、そのアドバイスを受け入れた。数ヶ月後、そのEPのトラックをリミックスして「Do What You Feel」という曲を作ったところ、クラブでヒットして、ポップチャートにランクインした。それからリミックスをたくさん作るようになって、ミックスネームのクレジットに「Dave Lee」を入れてもレコード会社は「Joey Negro」に変更してくれるようになったというわけ。

その後何年にも渡って多くの黒人アーティストとコラボレートしてきたし、もちろんスタジオで仕事をしている時にもこの名前は何度も出てくるようになった。この名前になった経緯を説明したけど、誰もこの名前を不快に思うとか、変えた方がいいとか言ってくれた人はいないよ。他の多くのDJと同じように、ソーシャルメディアやフライヤー、インタビューにも僕の写真が掲載されている。僕は明らかに黒人ではないし、黒人のふりをするのも間違っていると思う。黒人だと思われたことでレコードが売れたとは思っていないけど、混乱があることは十分に受け入れている。

実際のところ、「Joey Negro」という名前にはしばらく違和感を感じていたんだ。何度か使うのをやめたこともあるけど、アーティストとして新しい名前を確立するのは簡単なことじゃないから、結局元の名前に戻ってしまっていた。でも、この名前を使い続けることは自分にとって適切じゃない。今は理解している。最近メールやツイッターなどで、2020年にこの名前を使うのは受け入れがたいし、人々はそれが場違いだと思うだろうという意見をもらったこともあるけど、僕もそう思う。今後はJoey Negroという名前はやめて、まだ制作中ではない今後のリリースはすべてDave Leeという名前を使うことになるだろう。

怒らせてしまったことは謝るよ。僕の人生の全ては音楽、特にブラックミュージックについてのものであり、それは言葉で表現するのは難しいほど愛して止まないソウル、ファンク、ディスコ、ジャズのことなんだ。どこでもすぐに変化が起こるわけではないことを知っておいてほしい。< 敬具 >

これは明らかに、昨今の「Black Lives Matter」ムーブメントを受けてのアクションだ。簡単にコメントするのは難しい問題ではあるけれど、Dave Leeの判断は悪いものでは無いと僕は思う。

アーティスト名を“文化の盗用”と糾弾した嘆願キャンペーン

実を言うと同じことがダンスミュージックシーンで拡がりを見せている。Dave Leeが「Joey Negro」という名前を放棄することを発表した前日、シカゴの女性DJであるThe Black Madonnaは、その名前から「Black」を削除し「Blessed」へ書き換えることをTwitter上で発表した。

The Blessed Madonna(The Black Madonna / Marea Stamper)といえば、今や伝説的な老舗クラブとなっているSmart Barでのアシスタントからキャリアをスタートさせ、今では欧米からのオファーも受ける人気DJ。もちろん日本でのツアー経験もある世界的なDJ、プロデューサー。

この改名の経緯はDave Leeのように穏やかなものではなかった。というのも、これは嘆願署名サイト「Change.org」による運動によって起こったものだから。これを仕掛けたのはThe Blessed Madonnaの活躍するシカゴからほど近い、デトロイトのアーティストMonty Luke。

The Black Madonna: It’s Time to Change the Name(change.org)

Monty Lukeは「The Black Madonna: It’s Time to Change the Name(The Black Madonna、その名前を変えるときが来た)」という名前でChange.org内でキャンペーンページを立ち上げ、このプロジェクトには1200人以上が賛同した。このページ内でMonty Lukeは、The Black Madonnaは白人アーティストが黒人カルチャーを不当に利用していると糾弾している。

文化の盗用とは、ある文化の側面が他の文化の構成員によってコピーされ、利用される(盗用される)プロセスです。この現象は、支配的な文化のメンバーが少数派の文化から私物化する場合、特に問題になることがあります。多くの場合、このような使用はマイノリティ文化の許可無しに行われ、それらの要素の本来の意図や文化的文脈が低下したり、完全に失われたりすることがあります。私たちは、長年にわたってポップカルチャーの領域で、特に音楽の世界でこのようなことを数え切れないほど見てきました。別名、アーティスト名、曲名、そして巧妙な宣伝やメディアのスキームを使って、白人アーティストが黒人文化の側面を自分たちの利益のために利用している例は数え切れないほどありました。黒人のアイデンティティーを作ることで、これらのアーティストは、黒人や黒人文化にダメージを与え、傷つけていることを認めずに、本物になろうとしているのです。

今年の6月14日、私はMarea Stamper(The Black Madonna)にメールを送り、彼女がDJの別名である「The Black Madonna」から離れる可能性についての対話を開こうとしました。この「The Black Madonna」という名前は世界中のカトリックにとって重要な意味を持っていますが、特にアメリカ、カリブ海、ラテンアメリカの黒人カトリックにとってはさらにそうです。加えて、デトロイトのブラックマドンナ聖堂は、過去50年間、黒人フェミニズムと自己決定の思想に関心を持つ多くの人々にとって重要な文化的人物でした。宗教的な意味合いはさておき、2020年に白人女性が自分自身を「黒人」と名乗ることは非常に問題があることは、十分に明らかです。私はメッセージの中でこれらのことを説明し、ニックネーム/別名の移行がどのように行われるかについての実用的な提案でメールを締めくくりました。

私には何の返事もありませんでした。

その間に、問題のあるニックネームと長年の関わりを持ついくつかのアーティストや団体が、もうニックネームを使用しないと発表しました。Lady Antebellum、The Dixie Chicks、メジャーリーグのCleveland Indians、ワシントンD.C.に本拠地を置くNFLチームなどが変更を発表しました。なぜMarea Stamper(The Black Madonna)はできないのか?これほど変化を起こすのに適した時期は無い、これが現実です。誰も働いていない。彼女は経営陣に、ニックネームを使わないことにしたと伝えるだけでいい。彼らは変更を発表する典型的なプレスリリースを送り、物事が再開されたときに、数週間の間、すべてのライブ、フライヤー、ソーシャルなどで、彼女自身の名前(または彼女が選んだ新しい別名)で括弧内に「(The Black Madonna)」を入れることで、簡単に移行を完了させることができます。 切り替え前に行われたもの(音楽、商品、ビデオゲームなど)はすべてそのままにしておけば良いのです。

7月7日に送られたフォローアップメールにも返事がありませんでした。このため、私は今、この変更を実現するために、この公開請願キャンペーンが頼りです。この請願書に署名して、あなたの連帯とサポートを示し、Marea Stamperに現在の偽名の使用は問題があり、不快であり、変更されるのを見たいという明確なメッセージを送るために、この請願書に署名してください。

Monty Lukeはこの試みは成功した。そうして「The Black Madonna」は「The Blessed Madonna」となった。

#BLM以前に改名したPatrick Hollandは真相を告解

Patrick Holland on Instagram

このアーティスト名を変更する、という動きはMonty Lukeの指摘する通り各所で起こっていることではあるのだけど、この騒動で以前名前を変えたアーティストが真相を明らかにする、というケースも現れてきている。それがProject Pabloとして活躍していたPatrick Hollandだ。

Patrick Hollandは今年のはじめに「Project Pablo」という名前をもう使わないというリリースを出していたけれど、その理由の説明をあえてしていなかったと告白したのだ。Patrick Hollandはより人間的になるために・・・と説明したはずだったが、実際はそうではなかった。ラテン系コミュニティから「白人で非ラテン系、非スペイン語圏の人間が“Pablo”という名前を使うことは有害で、適切ではない」と指摘された結果の改名だった。

Patrick Hollandはこの事実を隠した理由として「自身と自身のキャリアを守りたかったから」と説明はしているわけだけど「だとしても弁解の余地はない」と謝罪する意思を表明している。このリリースもオフィシャルFacebookページから公開されたものだ。

1月、私は「Project Pablo」という名前を引退させ、「Patrick Holland」という名前に変更しました。私は自分の芸術的な活動をより人間的にするためにそうしたと述べたのですが、ラテン系コミュニティのメンバーが私の名前に対する不快感を表明し、白人で非ラテン系、非スペイン語圏の人間として「Pablo」という名前を使うことがなぜ有害であり占有的であるのかを教育するために、公にも私的にも私に手を差し伸べてくれたという事実は省いていました。私の声明から私のアーティスト名に内在する問題性を除外することは、私に責任をもたせるために時間と労力を割いてくれた人々に対する抑圧的な行為でした。私はまた、それ以来、インタビューでこの同じ事実をすり替えてきました。自分と自分のキャリアを守るためにそうしたのです。私の行動には弁解の余地はありません。私は白人至上主義に貢献し、一貫して自分の白人特権から利益を得てきました。私は以前の名前を使って、社会から疎外された人々を怒らせたり、誤解を招くようなことをするつもりはありませんでしたが、実際にはそうでしたので、私の意図は関係ありません。私が引き起こした害に対して謝罪します。

自分の行動、芸術的なアウトプット、存在感が、自分の身近なコミュニティの内外で疎外された人々にどのような影響を与えているのか、もっと批判的になっていくつもりです。私は自分の行動において、また市民として、より積極的に反抑圧的であることを自分自身に教育し続けます。収入の一部をブリティッシュコロンビア州のCoast Protectorsに寄付し続けることに加えて、私は毎月、アメリカの亡命者擁護プロジェクトと移民防衛プロジェクトに寄付をする予定です。私の行動に責任を持つために時間を割いてくれた人たちの努力に感謝し、この事実を認めたいと思います。

パブロという名前は「パブロ・ピカソ」のようにスペイン男性によく使われる名称で、帝国主義時代に侵略されたスペイン系ラテン植民地にも定着している名前。Patrick Hollandはカナダのバンクーバー在住だ。

この潮流は黒人だけじゃなくあらゆる文化圏へ波及する

なんとなくこのまま過激に行きすぎて言葉狩りのようにならなければ良いなあと僕は思ってはいるんだけれども、全体的には正しい方向性に向かっているとも思う。

正直日本人としてはいまいちピンとは来にくいひとも多いかもしれない。日本にもアイヌ文化や琉球文化といったものはあるけど、例えば本土のひとが沖縄に移住して沖縄料理屋をつくるなんてのは結構ザラだ。と、書いてはみたけど多くの人びとやグローバルに影響を与える可能性があるミュージックシーンで、そこのことに無自覚なのはどうなんだっていう話もあるしなあ、僕はそう思う。

今回の問題は黒人ではないアーティストが黒人にルーツがあるように感じる名前で活動していただけでなく、ダンスミュージックそのもののルーツがブラック・カルチャーであったことも、耳目を集めてしまった原因のひとつとして考えられる。そうつまり、どんな文化にも敬意が必要だし、それを表明するためには歴史をきちんと知っておくことが必要不可欠な時代になりつつある。芸術的な活動、とくにグローバルで商業的な活動になる場合は特に。

今回の白人-黒人という構図は、ともするとPatrick Hollandのような非スパニッシュ-ラテンといった構造に容易に拡大解釈可能だ。それは例えばイギリス-アフリカ(宗主国-植民地)、本土-琉球やアイヌといったケースで今後現れることになるだろう。そうした場合とくに、なぜそのアイデンティティを自称するのか?という根拠や理由、自身の人種的・文化的ルーツを説明する責任が問われるわけだし、そうした出自がメディア的にも重視される時代が到来するのかもしれないと最近思っている。

 

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